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東京に行って思ったこと

どうも、ダイスケです。

久しぶりの更新となりましたが、最後の更新あたりから「農」とはいったん距離を置いて、別のことに没頭していました。
ほんとうは「農」に近づきたくてしょうがないのですが。

さて、先日東京に行ったときに思ったことをつらつらと。

家賃のはなし

社会人数年目になる知人と、家賃の話になった。
彼によると東京の家賃相場は9万ぐらいらしい。
「月9万ってことは年間100万ちょい、10年間で1千万か……」 と思わず考えてしまう。

山口県のど田舎では、ぶっちゃけ、年間家賃タダで暮らせる古民家なんてザラにある。

「田舎に住むだけで、年間100万も浮くのか……」
「100万ぶん、働かなくていいのか……」

これは家賃に限った話ではない。

井戸水を使えば水道代は約20分の1に。
オフグリッド化してアンペアを下げれば電気代も抑えられる。
ガスコンロの代用でロケットストーブ!なんていうガチ勢もいる。

実際、ペール缶を使ったロケットストーブなんて簡単に作れるし、15万くらいの初期投資と小学5年生レベルの理科の知識があればオフグリッド化はできる。配管や浄化槽、ポンプの仕組みを理解すれば天然水飲み放題。

そう、田舎暮らしって、固定費があんまかからないのよね。

お金を使わない暮らしは、工夫すれば案外簡単にできちゃう。

資本主義社会が推奨する暮らし

彼の社会人生活っぷりを聞くと、それはもう心苦しくなった。

「夜遅くまで残業。家に帰って寝るだけ。自炊なんてする暇もなく外食やコンビニ弁当。最近はアイロンがけすらやる余裕がないからクリーニングへ…」

これはまさに、資本主義の泥沼にはまって抜け出せなくなっているようだった。

働けば働いた分評価され報酬は増えるが、その一方で「自分でやること」が減っていき「誰かに委託すること」が増えていく。
つまりは、支出が増えていく。
その支出がボディーブローとなって手元にお金が残らない。
だから彼は今日も働く。
今日も支出が増える……

浪費せよ、消費せよ。
それを上回る収入を得ればいいじゃないか。

浪費せよ。消費せよ。
そうして得られる快楽こそが「豊かさ」なのだから。

現代のマネー資本主義は、このような生き方を推奨しているのではないだろうか。

これに対して違和感を覚えたのは、僕が大学1年生のとき。

ヘンリーDソローの「森の生活」に感化されながら、 どうにかして、資本主義にカウンターを一発食らわせてえなぁ、とずっと考えてた。
最近は「里山資本主義」に感化されており、この項ではいくつか引用しています。ぜひ読んでみてください。

フリーランスという働き方

いま僕が目指しているのは、WEBデザイナーのフリーランス。

ネット環境さえあれば、場所や時間を問わず(は言い過ぎか笑)働ける。

さっき書いたように田舎暮らしは、お金のためにそこまで働く必要がないし、フリーランスという働き方ゆえに、「自由な時間が増える」と期待している。

じゃあ、自由な時間で何をしようか、となるわけだが。
畑を耕して野菜を作り、とれたて新鮮を味わおう。
海へ行って考え事をしながら釣り糸を垂らし、採れた魚を晩御飯にしよう。
裏山の木を間伐して薪を作り、冬になったら薪ストーブの炎をじっと眺めよう。
耕作放棄地の竹を伐採して、籠でも編んでネットで売ろうか。
って言い出したら、キリがないのだけれど(笑)

こういうことをやる過程で、本当の「豊かさ」ってものを感じるのではないかと思う。
ちなみにまずは、農作物を生産・加工して売ってみたい。特に軽トラキッチンカーは憧れる。
社会人経験ないのでビジネスもどきに触れておかないとね。何を作ろうかしら。

カウンター

「お金を使わない生活やべえ〜楽しい〜いいな〜オレも田舎で暮らしてぇ〜」 と、一人でも多くの人に言わせることが資本主義へのカウンターになり得るんではないか、と思うね。

「いやはや、まだまだ動いているのは口だけで。」と思っていましたが
近いうちにフリーランスデビューすることになりました。

そしてさらに、農業を始める場所や住む家も、候補があがってきています。
そろそろ、動き出します。

それではまた。